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『青森の堤川のお話』

   

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『青森の堤川のお話』

八甲田山の東側にあるのが田代平、
そして田代高原です

田代平はもともと火山活動によって出来たもので、元は十和田湖とおんなじカルデラ湖でした。(カルデラ湖:カルデラに水がたまってできた湖。)

そしてのちに
水が抜け、広々とした高原になったそうです。

そんな田代平の南にあるのが
グダリのわきツボです

わき口は数えてみると
30個以上もあるそうで
八甲田に降った雨、
雪解け水など染み込んでいた水が
地下の水を通さない層があり
その層を流れ下りてそのわき口から流れ
そして溜まったものがグダリのわきツボなんだそうです。

そこからこんこんと清水が湧き出ています。

このグダリの水は
駒込川と合流してさらに堤川へ流れ下り
青森市を通って陸奥湾に流れそそぐと言われています

〜港町青森と堤浦

青森市は、広く知られているように
江戸時代、初めに築かれた港町ですが
青森付近には中世には油川(大浜)と堤浦という港もあったそうです。

大浜はお馴染みですが堤浦は耳慣れないですよね。

堤浦、中世の様子を知る上で貴重な津軽家の史料によると、
明応7年(1498年)
南部政康の弟康時、のちの初代堤弾正が堤ノ浦に入ったとあるそうです。

そのときの館が、堤浦(つつみのうら・つつみがうら)城。

17世紀中ごろの青森の絵図には、
駒込川と荒川の合流地点に城跡が2カ所描かれており、
これらが堤浦城と考えられるんだとか。

いずれも、現代の地名で青森市松原に当たる場所らしく
康時はその後、横内城を築いたともあります。

また、この時代の津軽の地名をまとめた「津軽郡中名字」には、
「包宿」(つつみのしゅく)という地名があり
「宿」が付く地名は、この当時都市的な場所があったことを示すともいわれます。

「堤浦」と考え合わせると、中世の堤川河口付近には、
港の横に町があったとも考えられるようです。

うとう村が青森の前身とも言われていますが
堤浦も、青森町のルーツとも言われるみたいです。

ところで前述の堤弾正(つつみだんじょう)と
堤川にまつわるお話を聞いた方もいるかもしれませんが
知らない方のために簡単に書いておきたいです
昔、時は15世紀末、
堤浦に入部した南部光康は横内城を築き、
初代堤弾正として城の防御のためさらに秘策を練ったそうです。



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この当時荒川(堤川)は、駒込川と合流しておらず、うとう沼に注いでいたそうです。

弾正は荒川を北側の外堀とするため、荒川を開削して駒込川に合流させ堤川を作ったんだとか
この話にはさらにもっといろんなお話がついています。

荒川の開削で八つの橋を架けたことから八橋に、
土居(土手)を築いた所が筒井に、
川に船を浮かべ花見をした所が桜川になったと、地名の由来になったんだとか、
この話が事実かどうか怪しいところも多いそうです
「新青森市史」にも
堤弾正による横内城の築城については述べられているものの、
荒川開削の話は一切出てきません。

新青森市史によると
「荒川開削は安潟が小さくなったことを説明するための仮説であり、この仮説は否定されているが、市民の間ではおなじみのエピソードである。」と記されています。

青森市のホームページにある「あおもり歴史トリビア」では、荒川開削説を否定
近年、土木の視点からメスが入り、荒川流域の自然地形が改変された形跡はないらしく
全ては青森人が作り上げたロマンらしいです

「堤町」
堤町は堤川沿いにあって
青森市の中心街と東部をつなぐ町です

かつて東青森駅ができると
堤町は
青森駅通りに次ぐ繁華街になると見込みアーケードが設置
飲み街も多くなり
ボーリング場もできたそうです

堤町の戦後できたフロリダというキャバレーは
とっても有名で青都の大社交場として栄え
その後は、キャバレー、和風割烹料理、
結婚披露宴場となったそうです。

工藤パンの営業所、大観堂などの本屋、オモチャ屋
焼きとりのやまがみ、小田九、平田屋など
たくさんのお店や商店がありましたが

観光通り沿いに問屋町ができ観光通りが発展し
東部の買い物客が波打銀座商店街に流れ
駅前、新町の繁華街が強化されるようになると
軒並みお店も閉店していきます

大観堂は創業95年の老舗書店でした。
学校帰りに立ち読みする学生も多かったです。

この堤近くの塩町にあった
歌舞伎座に居候していた
寺山修司が良く通っていたのでも有名です。
寺山修司はこのように書いています。

人は誰でも、書くと感傷的になる時か所を持っている。
私にとって、それはどうやら『青森』のようである。
大観堂での本の立ち読み。
東京庵の青い色をした天ぷらソバ、
小田九の塩っからいラーメン、
北谷書店の上にはじめてできた喫茶店。

(「エリア青森」1965年版掲載「青森と私」より)

このように記しています。

堤川が映す堤町の姿も時代ごとに変わり流れていきます。

街グルメin青森
記事編集/鈴木勇(グローバルキッチンサイゴン所属)

記事参考/新青森市史
http://cache.yahoofs.jp/search/cache…
http://www.mutusinpou.co.jp/museum/2008/03/1184.htm
http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ipd_sa&p=堤町パンダ自転車#image_1

画像提供元
http://blog.goo.ne.jp/northshrine/e/iういf742ed942ce197deaca11f68e4eac0a2


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