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箱館戦争へ向かう兵士・外ヶ浜」 〜犬狩り〜

   

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「箱館戦争へ向かう兵士・外ヶ浜」
〜犬狩り〜

現在は”函”館ですが、
当時は箱館を使っていたので、
今回は”箱”館表記で統一させていただきますね。

箱館戦争といえば
かなり簡潔に説明すると

徳川幕府の時代が終わり
解雇され仕事を失った武士を
榎本武揚(えのもとたてあき)が集め
北海道に新しい国を作ろうとして
当時の箱館を占拠
コレを阻止しよう新しい政府の軍と衝突した幕末期の戦

榎本らは幕府の軍艦の多くを奪い
箱館に渡ってしまったので
新しい政府は初め
多くの兵士をすぐに箱館におくる事が出来なかったそうです。

明治元年10月から3月にかけての冬
はるばる南国からやってきた兵士は
青森、外ヶ浜で足踏みすることになりました。

初めて体験する青森の冬
いかに寒かったことでしょうか
彼らがとった行動
それは驚くべくものでした。

「犬狩り」です

寒さに震え上がった
南国の兵士は
防寒用具作りのために犬狩りをはじめたそうです。

鉄砲を撃ったり、抜刀して犬を追い回し
その残虐な様に住民は度肝を抜かれたと資料にはあります。

そのほか
土足で民家に押し入り
戦いに勝った官軍であることを鼻にかけ
酒や食べ物を強要するなど
その立ち振る舞いは目に余るものだったそうです。

そんな官軍兵士1500人が箱館に向かったのが
明治2年4月6日のこと

約半年の船待ち兵士を
外ヶ浜の住民は
オオカミよりひどいと言ったそうです。

ちなみに
青森に集まった兵士の数ですが
青森市には久留米、筑後藩兵が250人
伊州藩兵180名、松前藩兵552名、周防、徳山藩兵255名
油川と新城には備前、福山藩兵621名
蓮心寺と市内に長州藩兵776名
奥内に備後大野藩兵166名
油川、奥内、蟹田、三厩、平舘に弘前藩兵2886名
小湊に黒石藩兵160名
野辺地に岡山、備前藩兵が500名
以上の内訳となっています。



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これらの兵士が箱館に向かい
箱館戦争は5/18旧幕府ぐんの降伏で終結しています。

歴史の陰のお話です

蛇足ですが
この箱館戦争での弘前藩の出費は50万両
一両は10万円くらいの価値だとして
気の遠くなるお金がかかっています

街グルメ青森
記事編集/鈴木勇(グローバルキッチンサイゴン所属)

参考資料青森の歴史(青森市刊)


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